日記・コラム・つぶやき

2014年8月 6日 (水)

業務連絡です

夏っぽい絵を一枚

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学研の「脳育パズル」の一部です。

さて、おかげさまで
年末までの仕事スケジュールが
かなり混みいってまいりました。
ご相談はいつでも承っておりますが、
すぐに作業に取りかかれないかもしれないことを
何卒ご容赦下さいませ。
今後ともよろしくお願いいたします。

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2014年8月 5日 (火)

暑い

毎日お暑いですね。
高校球児や応援の皆さんが
暑さで参っちゃうんじゃないかと
いつも心配になります。
どうか無事に試合が終わりますように。

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2013年9月11日 (水)

業務連絡2

すみませんが

9月中は著書の制作のため
引き続き手一杯で、
もしも新規のご依頼がございましたら
手があくのは10月からになります。
ご相談はいつでも承っておりますので
よろしくお願い申し上げます。

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2012年4月14日 (土)

ギックリ腰

朝、掃除機をかけていて、
立ち上がったその時、
「???」と、腰にいやーな違和感。
ま、大丈夫でしょ、と
出かけて歩き回ったのが悪かったらしく、
帰りには立っているのも辛い激痛が…
あれ〜??これはひょっとして、
「ギックリ腰」ってやつ!?

なんとかだましだまし歩いて電車に乗り、
夫につきそってもらって駅の近くの整形外科へ直行。
一週間あれば収まるるでしょう、とのことでちょっとホッとする。
薬、コルセット、湿布の三点セットをもらって、
ゆっくりゆっくりゆっくり歩いて帰宅。
帰ってからの痛みがハンパなくて、
なんせ立ち上がる時は全身にピキピキ稲妻が走る。
歩き方は「春日」でないとだめだし、
座ってもやたらいい姿勢でないとだめだし、
寝ても寝返るたびに痛いし、
腰は要というけれど、
ほんとそうだよなーと実感。

聞いてみたら「ギックリ仲間」はたくさんいるようだ。
このトシになるまで一度もギックリしなかったのは
案外優秀な方かもしれない。
昨日の今頃よりはラクな感じなので、
明日はもっと治っているはず。
皆さんも、ほんと、気をつけてね。

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2011年6月 7日 (火)

さよならアンラッキー

わからない人には申し訳ないんだけど、
ハイテンション将棋マンガ「ハチワンダイバー」の
「二こ神さん」が「マムシ」に語るこの台詞。

「負け犬と自覚して

 負け犬のまま生きろ

 最悪のまま生きろ
 
 おまえは負け犬だ

 そしてまた将棋を指してみろ
 
 戦法や勝ち負けだけじゃない

 将棋はまだまだいろんな事を教えてくれる

 負け犬のまま生きて将棋を指し続けろ

 そしたらおまえは気づく

 何も負けていない事に

 まだまだ先は長い事に


 一局指すか?」

うわーん、と泣けてきそうなこの名台詞!!
今日の私にしみまくる。

今日、「アンラッキーくん きみのそばにいるよ」が
在庫処分の決定となりました。
応援してくれた暖かい皆さん、
力不足でほんとすみません。
もう何もなくなってしまいました。

今、起こっている色々なことに比べたら
こんなの蚊にさされた程度のことなんですけど、
それでも辛いです。
編集長もいい本だと言ってくれていたのに。

「かなたの虹」も、
結局本にはなりませんでした。
同情した編集長がカットの仕事をくれました。
今度の10日発売のPHPスペシャルにちょこっと載ってます。
「捨てる技術」というページです。

カットの仕事はこつこつとやっています。
作家としての作品は滞っています。
仕事がとぎれないだけでもこのご時世、本当にありがたいです。
いつの日か、
自分が負けていないことに気づくまで、
絵がうまくなれるようがんばります。

追加で言うけど、
将棋マンガは「3月のライオン」も大大大好きです。
個人的には「島田さん」のファン!

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2011年5月 3日 (火)

最近思うこと

ここのところどうしても原発のニュースばかりを追いかけてしまう。
毎日が不安でなんとなく胸がつかえているような気分。
私は一応、本や雑誌に挿絵を描くのが仕事で、
もしかしたらこういう発言はふさわしくないのかもしれないが、
(つまり、メッセージなど語らずただ楽しげにしていることが、
人の不安を煽らなくて良いのかもということ)
福島の原発についての、
政府やマスコミが発表しない(隠蔽している、もしくは、よくわかっていない)情報について、
とてつもない恐怖をつのらせている。
そこで私は自分の立場をはっきりさせておこうと思う。それはこうだ。
「どうかお願いだから原発をなくしてほしい。
どうかお願いだからすべての原発を停めてほしい。」

大事に育てた牛を餓死させなければならなかったり、
可愛がっていた犬を置き去りにしなければならなかったり、
やっと見つかった家族の遺体を放置せざるをえなかったり、
地震と津波からせっかく命拾いしたとしても、その後がこれでは、あまりにもむごい。
むごすぎる。

具合の悪い小さな子どもを看病するのは本当に辛いことだ。
ましてや、それがもしも、自分の食べさせた野菜や、
飲ませた牛乳が原因だとわかったら、悔やんでも悔やみきれない。

下働きの社員に上限いっぱいの被曝をさせておいて、
いまだに「原発は安全です」とか、
「放射線は体にいい」とかいう科学者がいるけれど、
それならどうして現地で作業の指示をしないのだろう。
福島の学校のグランドの土をお宅の豪邸のお庭に引き取ってくれるだろうか。
そこで子どもや孫や愛犬を遊ばせられるのだろうか。

ちょこちょこと寄付をしたり、
賛同できる団体に署名をしたり
抗議のメールなどしてはいるけれど、
たいしたことはできないなあと思っていたら、
「この人は素晴らしい!と思う著名人の応援をするのも
ひとつの手だてじゃないの」と夫に言われたので、
そうすることにした。
あえてここには記さないけど、すっごく応援している人が何名もいるので、
もしかしたら、日本の腐った部分が少しずつ治癒するのかなと、
小さな希望も捨てていない。
「海老蔵のニュース」が毎日テレビで報道されていた、
平和ボケしたあの頃にはもう戻れない。
この胸のつかえは、しばらく、いや、
もしかしたらかなりの間取れないかもしれないけれど、
正直に向き合っていこうと思う。

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2011年4月10日 (日)

ひかり

私のホームページのデザインをしてくれた
藤城光さんは、
ほっそりとした美人で
賢く優しく謙虚でユーモアのある人だ。
彼女はいわき市に住んでいる。
住居は原発から35キロ地点の場所だという。
そんな彼女の文章をぜひ読んでください。

http://star-fish.jp/hibiki/index.html


東京には親戚もいて、
間借りしている事務所もあって、
避難していようと思えばできるのに、
彼女はいわき市にいる。
「放射性物質との共存」という生活から生まれる
新しいニーズに必要なものを作り出していく活動をしたい、
人々の悩みを解決できる情報を届けたい、
という彼女は、本当に名前の通りに
希望の「ひかり」そのものだと思う。

何か力になれたらと思っている。
藤城光さんのtwitterはこちら↓
@hikari_starfish

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2011年4月 7日 (木)

iMac

今までの私の仕事のパートナーは、
ごろりんとしたフォルムのeMacくんだ。
白くて丸くて愛嬌のある奴だ。
かれこれ6〜7年のお付き合いになると思う。
スイッチ部分に何年も前から問題をかかえ、
切ると
「そうですか、もう働きませんよ。」とご機嫌が悪くなり、
次回すんなり立ち上がらない時もしばしば。
最新のフラッシュなんてインストールできないから
動くホームページなんて見れない。
重いデータには「もうだめです」と固まり、
マウスを早く動かしすぎても「ちょっとわかりません」と固まり、
ずーっと仕事していると「つめこみすぎです」と固まり、
その都度ご機嫌を伺いつつ何年も一緒にやってきた。
今まで出した本ももちろん彼との仕事だ。
でもさすがに、かなりの老体が心配になって、
私は彼に引退してもらうことにした。

そして遂に、最新の奴がやってきた。
iMacくんという、スレンダーで洗練されたイケメンだ。
当然ソフトも最新で、まだ全然慣れていないため、
しばらくは「元カレ」のところに戻っての作業も多いだろうが、
これからはiくんとの時代だ。
eくん、とりあえず今までありがとう。
色々なことをさせてくれてありがとう。

と言いつつ、この文章はeくんからです。
なかなか別れられないかもね。

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2011年3月16日 (水)

何事もないおだやかな生活

おりこうさんぶるわけではないけど、
ずっと前から、毎日思っていた。
日々、何事もなく生活していけるのは
このうえなく贅沢なことだと。
これ以上もあるかもしれないけど、
恐らくこれ以下のことの方が多いだろうということを。
暖かい部屋での、湯気のたつごはんや、
愛犬のぬくもりを膝にじんわり感じながらのお茶、
しんから暖まるお風呂、
好きなときにゆっくり入れるトイレ、
冗談を言ったりケンカしたりする家族が、自分が、
とりあえず今病気も怪我もしていないこと。

恐らく、あの小さな町に住んでいた多くの人たちも、
そのように暮らしていたのだと思う。
決して多くを望んでいたわけではなく、
ただ日々の、何事もないおだやかな生活。
それだけで良かったんだと思う。

それなのに、
突然に家がなくなって、家族もいない、
「おかあさん」と泣く子どもに向かって、
「我欲に満ちあふれている日本人への天罰なんだ」
と説明するつもりですか?

寒くてお腹がすいていて不安いっぱいの人に、
歌や音楽は絵は今本当に必要なのですか?

停電が実施されなかったといって怒るより、
停電免れて助かったー!、ではだめなんですか?


今私にできることといえば、
節電と、買いだめしないことと、
車を使わないことと、
お金を寄付すること。
自分なりにがんばります。
そしてここは神奈川。まだけっこう揺れます。
明日は我が身です。

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2011年3月 4日 (金)

園長先生へ

息子が卒園した幼稚園の園長先生が、
ALS(筋萎縮性側索硬化症)という難病で亡くなった。
まだ55歳という若さだった。
息子は卒園してもう9年になるし、
特別に近しい関係でもなかったのだけど、
私は個人的に園長先生が好きだったので、
ずっと気になっていた。
いつでも誰にでも平等で優しく、強く、
どんなときも笑顔だった。

せめてお花代だけでも、と、
今日ひとりでお葬式にひっそり参加した。
式の一番最後に、
ご主人からのご挨拶があった。
先生はご主人と二人暮らしで、
病気にかかってからはずっと
ご自宅で療養なさっていらしたそうだ。
その間の介護はすべてご主人がこなされたということで、
それだけでも頭が下がるというのに、
最後のご挨拶があまりにも素晴らしく、素敵で、
今思い出しても涙が出てくる。

「二人で自宅でがんばろう、と決めてから5年間、
僕が全部介護をしたわけですが、
○○ちゃん(先生の名前)からむしろ僕の方が
幸せをもらっていたように思えます。
先生としても素晴らしかったし、
こんなに大勢の方に支えていただいて、
本当にすごい人が僕の奥さんになってくれたんだなと思います。
僕はこれからもずっと、彼女と一緒にいます」

打たれた。
私には「病気への恐怖」や、
「大事な人を失う恐怖」しか想像できなかった。
ご主人は泣いていなかった。
お二人は、私のような下世話な人間なんかまるで手の届かない、
高いステージにいらっしゃるんだ。

先生。
私も息子も
先生にお世話になったたくさんの保護者&園児にすぎないけれど、
先生が園長先生で良かったです。
お別れ会の時、一緒に踊ってくれてありがとうございました。
どうか安らかにお休みください。

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